おさかな天国に隠された意図

さかな

さかな

さかなー

さかなーを

たべーるとー

あたま

あたまあたまあたまあたまあたまあたまあたまあたまあたまあたま

あたまーがよくーなるー

みんなご存知のこの歌詞ですがこの辺しか知らない人多数!!

この後に恐ろしい歌詞が待っていた!!

さあさ  みんなでサカナを食べよう

サカナはぼくらを待っている  oh!

サカナを食べようとする僕たち(人間)に対して、サカナはそれを待っていると説いている。これは当然僕たち(人間)による主観であり、サカナは決して待っていない!

それを示すかのように、最後にサカナの悲しい雄叫びが聞こえませんか??

oh!

アルファベットで騙されたと思ったら大間違いだ!サカナは待っていなかったのだ!底の抜けるようなブルー(海)の中で、なまか(仲間)と一緒に暮らしているんだ

アタマがよくなる、カラダにいいというふわぁ〜っとした理由で食べられるサカナの気持ちといったら、、、

しかしそれで終わりではないのだ、そうアタマが悪い僕たち(人間)がアタマが良くなるためにサカナを食べる。

そしてアタマが良くなった僕たち(人間)はこの過ちに気づくのだ。サカナは決して待ってない。oh!

そう、これはサカナがかわいそうな歌ではないのです。アタマが悪い人間の悲しい歌なのです。

そして最後にタイトルを見て見ましょう。
おさかな天国

たくさんのサカナがでてきて天国のようという意味と最初は捉えていました。

しかしここまでこの歌を読み解くと全く違う意図が隠されていることに気づきました。

僕たち(人間)に食べられたサカナたちはちゃんと天国にいけて、そこで僕たちを見守ってくれているのです。

アタマが良くなって、僕たち(人間)は何てことをしてしまったのだと自戒の念を抱く。

それを天国のサカナたちが見守っているのです。

歌詞ではサカナサカナサカナと呼び捨てなのに対してタイトルはおさかな天国と「お」がついている。

そう、タイトルで敬語を使用していることからもこの時系列を示しているのです。

するとただの悲しい歌ではありません。

サカナ目線で見るとむしろアタマが悪い人間の成長を見届けている親のような、自らの命を差し出してもそれを願うサカナの歌なのです。

サカナたちの声が私には聞こえます。あなたにも聞こえるはずです。

oh!

 

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